大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)8781号 判決

原告 伊藤米三

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 吉本英雄

同 黒崎辰郎

同 川村幸信

被告 沢田敏雄

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 磯崎良誉

同 鎌田俊正

右磯崎良誉訴訟復代理人弁護士 磯崎千寿

主文

被告株式会社増岡組は原告伊藤米三に対し金四三万二五〇〇円、原告伊藤ふ志に対し金三〇万円および右各金員に対する昭和四三年八月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告伊藤米三、同伊藤ふ志の被告株式会社増岡組に対するその余の請求、および被告沢田敏雄に対する請求、ならびに原告株式会社小町屋本店の被告両名に対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告三名と被告沢田敏雄との間においては全部原告三名の負担とし、原告株式会社小町屋本店と被告株式会社増岡組との間においては全部同原告の負担とし、原告伊藤米三、同伊藤ふ志と被告株式会社増岡組との間においてはこれを三分し、その一を被告株式会社増岡組の負担としその余を原告伊藤米三、同伊藤ふ志の負担とする。

この判決は原告伊藤米三、同伊藤ふ志勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

原告らは「被告らは各自原告伊藤米三に対し金一五三万七七三六円、原告伊藤ふ志に対し金八〇万八七三九円、原告株式会社小町屋本店に対し金二五九万六〇九九円、および右各金員に対する昭和四三年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

被告らは「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(請求原因)

一(一)  別紙物件目録一記載の土地(以下原告土地という)は原告伊藤米三の所有であり、右地上に存する同目録二記載の建物(以下原告建物という。)は原告伊藤米三が五分の二、原告伊藤ふ志が五分の三の持分をもって共有するものである。

(二)  原告株式会社小町屋本店(以下原告会社という)は洋かつら、かもじ、装粧品等の製造および国内外への販売を業とする会社であり、原告伊藤米三はその代表取締役、原告伊藤ふ志は取締役である。

(三)  原告伊藤米三、同伊藤ふ志は昭和二六年四月以降原告建物を原告会社に賃貸し、賃料は昭和四二年四月ころは一ヶ月二〇万円であった。

二  被告沢田敏雄は、原告建物の西側に隣接してその所有地(二〇〇・六二平方メートル。以下被告土地という)上に木造平家建店舗二棟を所有し、食堂を経営していたが、昭和四二年四月頃右建物を取壊し、その跡に鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階地上四階建店舗兼居宅一棟、延床面積九九一・七三平方メートルを建築することとし、右取壊し建築工事を被告株式会社増岡組(以下被告会社という)に請負わせた。

三  被告会社は、右建物建築工事の基礎工事(以下本件工事という)として昭和四二年六月一日から同月三〇日までの間原告土地と被告土地との境界線上に長さ一三メートルにわたり空気式重ハンマー杭打機を使用してH型鋼レールを幅約一メートル間隔で打込み、さらに、新築建物の基礎部分に長さ二〇メートルのコンクリート基礎柱五八本を打込み、その後被告土地の全体を深さ六メートルに至るまで掘り下げ、地中にあった地下防空壕は削岩機を使用して除去し、そして、掘り下げるに従い前記H型鋼レール間に幅五ないし七センチメートル、長さ約一メートルの板矢板数十枚を差込んで土止めとする(以下この土止めの方法をレール横矢板工法という)という工事をし、そして、右空気式重ハンマー杭打機および削岩機の使用は右工事期間中毎日午前七時半から午後五時頃までなされた。

四  しかるところ、昭和四二年六月三〇日ころから、原告建物の敷地である原告土地の土砂が地下水とともに被告土地に流出し、石両土地の境界に沿って原告土地が長さ一〇メートル、幅一メートル、深さ八メートルにわたって陥没し、そのため原告建物は地上二メートルの地点で最大約三センチメートル被告土地の方向に傾斜し、さらに原告建物の壁、風呂場、台所等のタイルが甚しくひび割れ、排水管、水道管が数ヶ所破損した。

さらに、右杭打機の使用はディーゼル排気ガスとともに油煙を排出して原告建物の屋上物干場および屋上にあった植木を汚染し、杭打に伴う強烈な断続音による振動は、原告建物を揺り動かして屋根瓦をずらせ、また、右杭打機および削岩機使用による騒音も激しく、前年六月三日には本件工事現場より約一〇メートル離れた地点において一〇〇ないし一一三ホーンの騒音量を記録し、通常人の社会生活上受忍すべき限度を越える(東京都騒音防止条例に定める午前八時から午後七時までの制限音量は七〇ホーンである)ものであって、右振動騒音は原告伊藤米三に不快感、嫌悪感を起させ、原告伊藤ふ志の神経を刺戟し感情を昂ぶらせ、原告会社の電話による取引にも支障を来させるものであった。

五  ところで本件工事着工前伊藤米三は昭和四二年四月一八日ころ被告らに対し原告建物のある地域一帯は浅草雷門商店街として店舗、住宅が密集しており夜間遅くまで営業し早朝は寝静まっている地域であり、附近一帯の地盤は軟弱であるので、コンクリート基礎柱等の打込みには震動、騒音発生の少ない機械を使用し、夜間、早朝には騒音を発する工事を避け、また土地を掘り下げるについては地下水とともに土砂が流出し地盤沈下が生じ家屋が倒壊することのないように、土砂流出防止措置をすることを要望し、工事開始後も騒音の少ないボーリング式杭打機を使用し、削岩機の騒音を防止するよう申し入れていたのであって、以上のような結果が生じたのは右申入れにも拘らず格別騒音防止措置もとらずに、前記のように、空気式重ハンマー杭打機、削岩機を使用し、土止めの方法についても鋼矢板を間隔をあけずに打込むシートバイル工法を採用せずにレール横矢板工法を採用したことによるものであるから、被告会社の被傭者の故意又は過失に基くものである。

六  そして被告会社の被傭者の右の所為は被告会社の事業の執行につきなされたものであるから被告会社は使用者として民法第七一五条により、また被告沢田は本件工事の注文者として杭打機、削岩機の騒音防止措置および土止めの方法につき適切な指示を被告会社に対して与えるべきであったのに故意又は過失により指示しなかったのであるから、民法第七一六条但書により、原告らの蒙った後記の損害を連帯して賠償すべき義務がある。

七  (損害)

(一)  原告伊藤米三の蒙った損害 合計金一五三万七七三六円

1 家屋修理費用 金二〇万六八二六円

原告建物は前述のとおり傾斜破損したので、これが修理のため金一三六万八八〇五円の支出を要したところ被告会社よりその内金として金八五万四二四〇円の支払を得たからその残額五一万四五六五円のうち原告建物に対する原告伊藤米三の持分五分の二に相当する額は原告伊藤米三の蒙った損害である。

2 家財道具運搬費用 金一三万二〇〇〇円

原告建物修理のため家財道具を他に運び出すのに要した費用。

3 水道管修理費 金五〇〇円

4 入浴のための交通費 金二五〇〇円

原告建物の風呂場が使用不能となったため原告伊藤米三が他所に入浴に行くのに要した費用。

5 清掃人夫賃及び洗剤購入費 金五〇〇〇円

原告建物の屋上物干場の汚染を清掃するため雇った人夫三人一日分および洗剤購入に要した費用。

6 屋上植木鉢移転費用 金一万円

原告建物屋上の植木三五〇鉢の枯死を免れるためこれを他所に移転するに要した人夫賃金および運送費。

7 上敷ござ(六畳敷)一枚汚損 金一〇〇〇円

原告建物の屋根瓦がずれて油煙に汚れた雨がもり、汚損して使用できなくなった上敷ござ(六畳敷)一枚分代金。

8 入院費用 金一七万八九一〇円

原告伊藤米三は原告会社の代表取締役として従業員一二〇〇名の指揮監督、国内各地の得意先からの来客、又は電話の応待、外国商社との電話の応待など普通人以上に神経を使って勤務していたが、本件工事に伴う杭打機、削岩機の音による不快、嫌悪感のために思考力、注意力が減退し、代表取締役としての職責を充分に果せずこれによる焦燥感と原告建物の倒壊の危険に対する不安のため食欲不振、胃腸障害を起こしまた神経衰弱気味となり、昭和四二年一〇月一四日から二七日まで山王病院に、同年一一月一日から約一ヶ月昭和医科大学附属病院にそれぞれ入院し治療を受けた。右入院治療のため支払った費用は金一七万八九一〇円である。

9 慰藉料 金一〇〇万円

原告伊藤米三は前記8記載のとおり原告会社代表者としての職責を果せず二回の入院を余儀なくされたうえ原告建物の修理に三ヶ月も要し、その間右建物が使用できなかったため他所で入浴・食事をするなど不便な生活をしなければならなかったのであって、これがため原告伊藤米三が蒙った精神的苦痛は大きく、これを慰藉するに足る賠償額は金一〇〇万円が相当である。

(二)  原告伊藤ふ志の蒙った損害 合計金八〇万八七三九円

1 家屋修理費用 金三〇万八七三九円

前記(一)1記載の金五一万四五六五円のうち原告建物に対する原告伊藤ふ志の持分五分の三に相当する額は原告伊藤ふ志の蒙った損害である。

2 慰藉料 金五〇万円

原告伊藤ふ志は原告建物に夫とともに居住し、原告会社の取締役として小売部門の責任者の重責を負い、また住込従業員に対する日常生活上の配慮をしていたが、本件工事に伴う杭打機の騒音により神経が刺戟され、感情が昂ぶり食欲不振に陥り、従業員に対する職務上の必要な指示・配慮を忘れることもあったほか、原告建物の修理、家財、物品の移動のため妻としての日常生活に支障をきたし、平穏な家庭生活を害された。

右のため原告伊藤ふ志が蒙った精神的苦痛は大きく、これを慰藉するに足る賠償額は金五〇万円が相当である。

(三)  原告会社の蒙った損害 合計金二五九万六〇九九円

1 商品備品等運搬費用 金六万三六〇〇円

原告建物修理のため原告会社の商品備品等を他に移転するに要した人夫賃および車輛代

2 住込従業員外食補助費 金三万五〇〇〇円

原告建物が昭和四二年六月三〇日使用できなくなり、住込従業員の訴外河野敏枝ほか六名が外食せざるを得なくなったので、原告会社はその費用を補助するため一人当り一ヶ月金五〇〇〇円食事補助費の支出を要した。

3 従業員二名に支払った九ヶ月分の給料 金四九万七四九九円

原告建物の損壊の予防、騒音の防止交渉、損壊部分の調査、商品備品の運搬の差配、建物修理の手配、監督、入院中の社長(原告伊藤米三)との連絡、損害賠償等の交渉、証拠の蒐集のために従業員神尾、同津川両名を使用し、右のため両名を本来の業務に使用できなかった。よって原告会社はその間の昭和四二年六月から九ヶ月間支払った給料相当分の損害を蒙った。

4 本件家屋の賃料 金五〇万円

原告会社は原告建物を一ヶ月金二〇万円の賃料で賃借していたのであるが、その修理のため昭和四二年七月中旬から同年一二月末までは使用できなかったが、その間も賃料を支払ってきた。よって同年八月から一二月まで五ヶ月分、一ヶ月金一〇万円の割合での合計金五〇万円は原告会社の蒙った損害である。

5 外国商社との契約不成立による損害 金二七六万四八〇〇円

昭和四二年六月四日米国フロリダ州マイアミビーチの訴外ヘアーフェア会社から原告会社に対し機械編総かつら二万個、代金一二万八〇〇〇ドル(四六〇八万円)の取引が国際電話であったが、杭打機騒音のため右取引の内容がよく聞きとれず詳細な打合せができないため契約を成立させることができなかった。そのため原告会社は右取引により得べかりしはずの、売買代金の六パーセント相当の純益金二七六万四八〇〇円を得られず同額の損害を蒙った。

八  よって被告ら各自に対し、原告伊藤米三は前記七の(一)の1ないし9の損害合計金一五三万七七三六円、原告伊藤ふ志は前記七の(二)の1、2の損害合計金八〇万八七三九円、原告会社は前記七の(二)の1ないし4の損害および5の損害の内金一五〇万円の合計金二五九万六〇九九円、およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四三年八月一六日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁および主張)

一  請求原因一の事実は、原告会社がその製品を国外へ販売していること、および原告会社が原告建物を原告伊藤米三、同ふ志より賃借し、その賃料が月二〇万円であることは知らないがその余の事実は認める。

二  同二の事実は認める。

三  同三の事実について、

被告土地を掘り下げた深さは平均五・五メートル板矢板の幅は一〇ないし二〇センチメートルであり、使用した杭打機はディーゼルハンマーで、その使用期間は昭和四二年六月一日から同月九日まで、削岩機はコンクリートブレーカーを用い、その使用期間は同年六月二日から同月七日まで、同月一八日、および同月二七日から約一週間であり、杭打機、削岩機の一日の使用時間は午前八時から午後五時までである。その余の事実は認める。

四  同四の事実中原告主張の頃、原告土地より被告土地に土砂が流出し、原告建物が約三センチメートル被告土地の方向に傾斜したことは認めるが、その余の事実は争う。

(一)  本件工事にあっては長さ一八メートルの杭を打込む必要があったところ、調査の結果被告土地は地下二ないし三メートルおよび一五メートル以上の部分は地盤が硬いことを知った(一般に地盤が硬いと杭打機作業による振動が生じやすい)ので、経済的ではあるが振動の生じやすい、重鍾をウインチで捲き上げて落して杭を打ちこむドロップハンマーを用いず、ディーゼル機関によって杭頭に打撃を加えるディーゼルハンマーを使用したのである。

また、被告土地の地下防空壕除去に用いたコンクリートブレイカーによる振動は地盤に吸収され隣接地に伝わる率は低い。

(二)  右杭打機、削岩機使用による騒音振動は通常人の受忍限度を超えているとはいえない。即ち、

1 東京都騒音防止条例第二条第六項の「作業音」には建築工事に伴う騒音は含まれていない。右騒音は一時的なものであり、また建築工事が現代社会において必要不可欠であるうえ、建築騒音の防止は技術的、経済的に非常に困難な場合が多いため右条例による規制の対象とされていないのであって、本件工事において仮に騒音が右条例の制限音量を超えていたとしても、それをもって直ちに通常人の受忍限度を超えた違法のものとはいえない。

2 本件工事現場の浅草一丁目附近は、近くに六区興業街、新仲見世通りをひかえた浅草雷門商店街に属し都内でも繁華な地域である。かような地域では土地利用者が店舗等の建物を高層化して土地利用の効率化を図るのも当然であり、そのための建築工事について附近の居住者、営業者としては右のような地域に居住する以上工事に伴う騒音、振動等による日常生活の不便、不快等は右騒音、振動の期間、程度を考慮してやむを得ないと考えられる限度(右限度は住宅、文教地区に比して大きい)を超えない限り、これを受忍すべきである。しかるところ、被告会社が本件杭打機および削岩機を使用した期間および時間は前記三記載のとおりであるから、被告会社の本件工事に伴う騒音も都市の繁華街に居住する者の受忍限度を超えるものということはできない。なお、建築騒音をも規制の対象としている地方公共団体の騒音防止条例の多くは建築騒音が許容量を超える場合でさえ少なくとも午前八時から午後六時までの間はこれを許容している。

五  同五の事実は争う

(一)1  被告会社は本件工事着工前、訴外技研興業株式会社に被告土地の地質調査を依頼し、右訴外会社が昭和四二年五月八日から同月一二日までの間に本件工事の隣接地に対する影響と断層の有無を調べるため、原告土地と被告土地との境界から西方二・五メートル、訴外長生庵と被告土地との境界から南方二・六メートルの地点で行なった地下二五・一八メートルに達するボーリング掘削ならびに標準貫入試験の結果によれば被告土地は、地表より〇・四メートルまでは腐食物混り礫の層、〇・四ないし〇・八メートルまでは礫混りシルト層(シルトとは砂と粘土の中間の細かな土壌をいう。)、〇・八ないし二・七メートルまでは粘土混り砂礫層、二・七ないし八・五メートルまではシルト混り中砂層、八・五ないし一五・八メートルまでは砂質シルト層、一五・八ないし二五・一八メートルまでは中砂、細砂、粘土層の重畳層であり、地下約二・七メートルの粘土混り砂礫層とシルト混り中砂層の境に少量の雨水の溜ったところがあるが地下水脈ではなく掘削により土砂崩壊を来たす危険のあるものでないことが判明した。

そして被告会社は本件工事において被告土地を地下五・五メートルまで、即ち、右腐食物混り礫層・礫混りシルト層・粘土混り砂礫層を経てシルト混り中砂層の上方より二・八メートルの深さまで掘削する計画であったが、右掘削する各層は通常透水性が低く粘着性もあるので、隣地との土止めとしてはレール横矢板工法で十分安全に地盤を確保することができ、かえってシートパイル法では通常工事完了後シートパイルを引抜くため、引抜きの際にシートパイルに付着した土も排出され、それによってできる穴に土砂が崩れ落ちる危険もあると考え、レール横矢板工法により土止めをすることとし、さらに原告建物の基礎は大谷石を並べただけのものであったので、被告土地を掘削する前に原告土地と被告土地との境界線と原告建物との間の土地上に厚さ三〇センチメートルに達するまでコンクリートを流して原告土地の地盤を強化した。

2  ところが、被告土地掘削とともに、昭和四二年六月三〇日頃矢板の間隔をぬって原告土地の方から水と土砂が被告土地に流出し始めたので、被告会社は被告土地の掘削が終り原告土地からの水、土砂の流出がなくなった同年七月一一日から同月一八日まで工費五五万円をかけて原告土地の地盤強化のためグラウト液を注入し、また水、土砂の流出を防ぐため原告土地と被告土地との境界線に沿って掘削した被告土地の側にシートパイルを打ち込んだのであるが、すでに相当量の水、土砂が流出していたため原告土地に陥没部分ができ、原告建物が被告土地側に約三センチメートル傾斜したのである。

3  ところで原告建物の傾斜の原因は前記ボーリング貫入試験によっても発見し得なかった断層が原告土地と被告土地との間にあり、原告土地の土質は透水性が高いものであったため原告土地の地下水が被告土地掘削により生じた断面から土砂とともに流出したことにあるから被告会社に過失はない。

(二)  原告建物の附近一帯が浅草雷門商店街として、店舗、住宅の密集している地域であることは原告主張のとおりであるが、昭和四二年五月被告会社の本件工事現場主任訴外葛西は原告伊藤米三に対し、本件工事の杭、レールの打込にはディーゼルハンマーを使用し、土止めにはレール横矢板工法を採用する旨、およびその具体的内容を説明したが、何ら異議は述べられなかった。

六  同六の事実中、本件工事が被告の被傭者により被告会社の事業の執行としてなされたものであること、被告沢田が本件工事の注文者であること、および被告沢田が本件工事につき原告主張内容の指示を被告会社になさなかったことは認めるがその余の主張は争う。

被告沢田は建築について何ら専門的知識を有しないし、建物建築請負契約を結ぶについても、設計・建築工事一切を請負人である被告会社に任せた。

七(一)  同七の(一)2ないし3の事実は知らない。9の事実は否認する。1の事実中被告会社が原告伊藤米三、同伊藤ふ志に金八五万四二四〇円支払ったことは認めるが、その余は否認する。同(二)の1の事実は否認する。2の事実は知らない。

(二)  右金員支払をした趣旨および事情は次のとおりである。

被告会社は昭和四二年七月二九日、三〇日の両日、原告建物の浴室床下附近から砂、砂利、土を入れて原告土地の土砂流出部分を補い、さらに同年八月中訴外鳶松に請負わせて原告建物の傾斜を直させ、その代金として金一九万二〇〇〇円支払った。なお右工事によっても原告建物は一・五センチメートル傾斜したままであったが原告伊藤米三、同伊藤ふ志からはこの点につき異議を述べなかった。

そして、原告建物の内部破損箇所の修理は右原告両名が出入りの訴外関本工務店をして工事せしめ被告会社がその費用を負担する旨約していたが、原告両名は右関本に対し原告建物の修理にとどまらず、内装を改造する程の工事をも行なわせ、関本は被告会社に工事代金を請求したのであるが、右原告両名および被告会社双方が原告建物の修理に要する費用と認めた金五六万二二四〇円を支払ったのである。

残りの金一〇万円は、原告らより杭打機使用による騒音について苦情を申出られ、その見舞金として昭和四二年六月六日支払ったのである。

(三)  原告会社は昭和三八年ころ被告土地の筋向いに鉄筋コンクリート造五階建の小町屋ビルを建築した際、本件工事に劣らない騒音、振動を発生させていたのであって、その経験からすれば原告らは本件工事による騒音、振動についてはある程度予測できたはずであるところ、原告会社は原告建物のほか、これと道路を隔てた所の小町屋ビル、および浅草五丁目の工場、倉庫のあるビル、浅草二丁目三番地の店舗二軒、銀座の小町屋ビルにおいても営業活動をしていたのであるから、本件工事の騒音が激しい期間だけでも右営業所のいずれかにおいて原告伊藤米三、同ふ志が執務することは不可能ではなかったはずである。

八  同七の(三)の1、2の事実は知らない、3ないし5の事実は否認する。

(一)  仮に原告会社が右2記載の主張の出捐をしたとしても、原告会社は従来支出していた従業員に対する給食の材料費、燃料費等の出捐を免れたのであるから、その主張の金額の二分の一は損益相殺されるべきである。

(二)  原告会社において原告建物の使用が不能であったとしても、それは原告伊藤米三、同伊藤ふ志が訴外関本工務店をして建物内部の改装を行わせたためであるのみならず、原告会社は原告建物の一部使用不能を理由に賃料減額を請求し得たのであるところ、それにもかかわらずこれをしなかったことによる損害を被告らが負うものではない。

(三)  工事着工前の昭和四二年五月ころ、原告伊藤米三より被告会社本件工事現場主任葛西博に対し、工事中原告建物で宗教上の集会があるときは杭打機の使用を控えて欲しい旨の申出があったが、工事開始後原告伊藤米三の申出により杭打機の使用を控えたことも何度かあったのであるから、重要な電話があった場合には右の例に従い杭打機の使用を控えるよう申出るべきであって、かような申出をなさずして被告らを問責するのは相当でない。

(証拠)≪省略≫

理由

一  別紙物件目録一記載の土地(以下原告土地という。)は原告伊藤米三の所有であり、右地上に存する同目録二記載の建物(以下原告建物という。)は原告伊藤米三が、五分の二、原告伊藤ふ志が五分の三の持分をもって共有するものであること、原告株式会社小町屋本店(以下原告会社という。)が洋かつら、かもじ、装粧品等の製造販売を業とする株式会社であり、原告伊藤米三はその代表取締役、原告伊藤ふ志はその取締役であること、また、被告沢田敏雄は原告建物の西側に隣接する所有地(二〇〇・六二平方メートル、以下被告土地という。)上に木造平家建店舗二棟を所有して食堂を経営していたが、右建物を取壊し鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階地上四階建店舗兼居宅一棟延面積九九一・七三平方メートルを建築することとし、昭和四二年四月ころ被告株式会社増岡組(以下被告会社という。)に右建物建築を請負わせたこと、被告会社が右建物建築工事の基礎工事(以下本件工事という。)として原告土地と被告土地との境界線上に長さ一三メートルにわたり空気式重ハンマー杭打機(ディーゼルハンマー杭打機ともいう)を使用してH型鋼レールを幅約一メートル間隔で打込み、さらに新築建物の基礎部分に長さ二〇メートルのコンクリート基礎柱五八本を打込み、その後被告土地の全体を掘り下げ、地中にあった防空壕は削岩機を使用して除去し、掘下げるに従って右H型鋼レールの間に長さ約一メートルの板矢板数十枚を差込むレール横矢板工法と称する方法で土止めをするという工事をしたことは当事者間に争いがない。

二  そして、≪証拠省略≫によると、

被告会社は技研工業に土質調査を依頼し、その結果に基づき土砂流出防止にはいわゆるシートパイル方式の方がすぐれてはいるが、横矢板工法によって足るものとして、これに従い幅一〇センチメートルの板矢板を土止めに用いて被告土地を深さ五メートル場所によっては六メートルを掘下げたのであるが、その工事の中途において予測に板し透水性の高い砂礫層が現われたけれども掘削をそのまま続けてきたところ、昭和四二年六月三〇日原告土地の西南隅からはじまり境界線一帯にわたって水が漏れ夕方には出水量が大きくなった。被告会社の現場関係者は下水管がこわれたものと判断しポンプで水を汲み上げながら工事を続行していたところ、原告建物の敷地である原告土地の土砂が地下水とともに被告土地に流出し、被告会社は同年七月七日にグラウト工法を採ってこれを防止しようとしたが防止できず、右土砂流出のため原告建物は地上二メートルの地点で最大約三センチメートル被告土地の方向に傾斜したことが認められる(右土砂流出とその結果建物の傾斜したことは当事者間に争いない)。

そして、また、≪証拠省略≫によると、被告会社はまた本件工事において前記鋼レールおよびコンクリート基礎柱打込みのためディーゼルハンマー杭打機を昭和四二年六月一日より九日まで使用し、地下防空壕除去のため削岩機(コンクリートブレイカーと称するもの。)を同年六月二日より七日まで、同月一八日、および同月二七日より約一週間、毎日午前八時より午後五時ころまで使用したこと、そして右の杭打機は他種のものより音が激しくかつ排気ガスと共に排出飛散する油煙量も多いものであったところ、被告会社は工事着手前より原告伊藤米三らから音響・振動の少い杭打機の使用を要望されながら音響の拡散、油煙の飛散について格別の防止措置を講ずることなく常時一台使用し、その使用時間は前後の準備の時間を含むとH型鋼レール一本を打つには約一時間、柱打込みには一本につき約三〇分を要していたこと、右杭打機および削岩機使用による騒音は昭和四二年六月三日午前一〇時三〇分の杭打現場より約一〇メートル離れた所において音量一〇〇ないし一一三ホーンに達する程で本件工事現場に隣接する原告建物内にあっては人の話声も聞こえず、電話も聞きとれないのみならず、その振動により畳が上下し、椅子に座っていると浮き上るようなショックを与え棚の上のものが落ち、机上の茶椀が音をたてる程のもので前記土砂の流出と相まって、原告建物の壁やタイルにひび割れが生じ排水管・水道管に損傷を与えたことが認められ(右各認定を左右するに足る証拠はない。)、原告建物内に原告伊藤米三、原告伊藤ふ志が居住しており、原告会社の営業も行われていたこと弁論の全趣旨により明らかであるから右騒音振動は原告会社の事務に支障を来し、その余の原告らに不快感・嫌悪感を与えて神経を昂ぶらせたであろうこと、また油煙が原告建物にふりかかり建物および屋上等におかれたものをかなり汚染したであろうことは容易に推認できる。

三  ところで、土地を掘下げることによって隣接地の土砂を流出せしめ地上の家屋を傾斜せしめることが違法なものであることはいうまでもなく、ビル建築においては技術的・経済的に完全防止の困難な騒音・振動であっても、右認定のごとき騒音、振動は人の平穏な社会生活を乱し、社会生活上受忍すべき限度を超える違法なものというべきであり防止措置を講ずることなく飛散するにまかせた油煙により隣接建物および器物に汚染の害を蒙らせることが違法の評価を受けることも当然であるし、建築工事に伴う騒音は東京都騒音防止条例においてもその規制の対象とせられず、また本件工事現場一帯が繁華な地域であり土地の効率的利用を図るにふさわしい土地で、効率的利用を図るために被告会社の施行した本件工事が必要なものであったからといって右の判断を左右しないものと考える。

四  そこで、さらに過失の有無について判断する。

(一)  建物を建築するため隣地との境界近くまで土地を掘削する工事を施工するものとしては隣接地の土砂が流出しその地上建物に倒壊の危険を与えることのないように地質の調査等に万全を期し、かつ、右調査の結果に基けば土砂流出の危険はないと判断される工法をとった場合でも(現に考えられている工法で土砂流出のおそれの最も少い工法を採用せずに次善の工法を採用するというような場合は尚更である)その予測に反し土砂流出の危険が生ずるときは直ちにこれを防止することのできる用意をもって工事を施工すべき義務あるものというべきである。しかるに被告会社は前認定の事実によれば横矢板工法による土止めをすれば足りるものとしてその用意を怠り、透水性の高い地層が予期に反して現れ、しかも出水をみても適切な措置にでることなく工事を続行しこれがため土砂が流出し、原告建物の傾斜等の結果を招いたのであるから右の結果は被告会社従業員の過失に因るというべきである。

被告会社はこの点につき、訴外技研興業株式会社に被告土地の地質調査を依頼し、右調査結果に基きレール横矢板工法による土止めで充分であると判断し、右方法を採用したのであって、原告建物は右調査によって発見し得なかった原告土地と被告土地間の断層と原告土地の透水性が高いことにより土砂が流出し、原告建物が傾斜したもので被告会社に過失はないと主張するけれども右主張の採用できないことは前示のとおりである。

(二)  次に右騒音・振動の発生、油煙の飛散についてみるに本件工事現場が被告ら主張のごとき繁華な地域にあることは弁論の全趣旨により明らかであるから本件のごとき建物を建設することは社会的見地から有用なものとして是認せらるべきであり、かつ、かかる建設工事において杭打機削岩機を使用すること、またこれを使用する以上一定の量・性質の騒音あるいは一定の程度の振動が発生することは現在の科学技術上やむを得ないところというべきであるが、工事施行者としては施行方法の決定およびその後の施工にあたり、工事騒音および振動、油煙の飛散等の近隣に与える影響の有無・程度を予見し、さらにその騒音等により近隣の蒙る被害を防止、軽減し、あるいは回避する手段を講ずべき注意義務があるものというべきところ、前認定のとおり被告会社の工事施工関係者は格別の手段を講じないで工事をすすめ、騒音を排出し、振動を生ぜしめ油煙を飛散せしめたのであるから右には過失があるといわなければならない。

五  しかして本件工事が被告会社の業務の執行につきなされたものであること当事者間に争いがないのであるから、被告会社は前記違法な行為により原告らに蒙らしめた損害を賠償すべき義務がある。

しかるところ原告らは被告沢田も本件工事の注文者として右損害を賠償すべき義務があると主張する。よって検討するに、

≪証拠省略≫によれば、被告沢田は建築の設計、本件工事施工方法の決定等一切を被告会社に委せ、工事施工により近隣に損害をおよぼした場合に賠償の費用に充てるため予め補償費の名目で金三〇万円を支払う旨約し本件工事施工について使用される杭打機・削岩機の選択、使用方法、土止め方法の決定について被告沢田が具体的に指示もしくは関与したわけではなく被告会社の判断で行われていることが認められる(右認定に反する証拠はない。)ところ、注文者において知り、または知り得べかりし事情であって右事情を施工者において知らされておれば、他の工事施工方法を決定しもって前記被害を与えずにすみ、或いは軽減したであろうと認められるような事情があったことの主張立証のない本件において右認定のごとく被告沢田が技術上の点について一切を被告会社にまかせ具体的指示ないし指図をしなかったことに過失があるということはできないから原告の右主張は採用しない。

六  よって次に原告らの蒙った損害につき検討する。

(一)  原告建物修理費用

≪証拠省略≫を綜合すると、原告建物が本件工事により傾斜したほか前認定の損傷を受けたため被告会社ははじめ鳶松に依頼し、原告建物の復元をはかったが、元どおりにはならなかったところ、一方原告伊藤米三・同伊藤ふ志はこの機会に原告建物の全体的修復改造をするというので、被告会社は原告会社出入りの訴外関本正吉の修復に委せた。そして右関本は右原告らの依頼により全面的修復改造をはかり昭和四二年七月から一二月末まで工事をし、その費用は合計金二一七万四三三四円であった、

以上のとおり認められるところ≪証拠省略≫によると被告会社は右鳶松に復元工事費用として金一九万二〇〇〇円を支払ったほか関本から被告会社の負担すべき分として請求してきたその内容を検討したうえ同人に合計金五六万二二四〇円支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして原告建物の修理・改造に要した前認定の費用のうち修理のみに要した費用が右金五六万二二四〇円を超える金額であることを認むべき証拠はない。証人関本正吉の証言中修理費用と改造費用とは半々の割合である旨の部分は証拠とするに充分ではなく≪証拠省略≫によっても認定できない。

してみれば原告建物の損傷による損害はすべて回復されているといわなければならない。

なお原告らは建物修復による損害の立証として甲第一一号証を提出しているが、同号証は鳶松に支払った足場の損料の領収証であり、≪証拠省略≫によると鳶松に対し原告らが依頼したのは被告沢田所有の旧建物取壊しにより露出した原告建物の粗壁を覆うことであり、同号証はその足場の損料の領収証であることが認められるから本件被告会社において損害賠償として支払うべき筋合いのものではない。

(二)  家財道具運搬費用

≪証拠省略≫によると、原告伊藤米三が原告建物修理のため社長室の六畳一間だけを残して原告伊藤米三夫婦は原告建物内にあった家財道具を他に運び出したことが認められその費用を確定できる証拠はない(≪証拠省略≫はこの点について証拠とするに足らない)けれども原告伊藤米三夫婦は昭和二一年来原告建物で大正一四年に創業した毛製品の販売等を営業とし、その後これを基盤として原告会社を創設しその役員となり原告建物を社長室および居宅としていることが≪証拠省略≫によって認められるから相当量の家財道具を所持しており、したがって移転するにはいくら少くともトラック三台分をもってする運搬費を要したものと認めるのが相当であり、≪証拠省略≫を綜合すると、少くともトラック一台分につき九〇〇〇円を要したものと認められるから合計金二万七〇〇〇円をもって原告伊藤米三の損害額と認むべきである。なお≪証拠省略≫中には運搬に要したトラック台数、人夫の延員数の記載が計上されているけれども≪証拠省略≫とあわせ考えると証拠として採用することはできない。

(三)  水道管修理費用

原告伊藤米三が水道管修理の謝礼として金五〇〇円を出捐したことが≪証拠省略≫により認められ前認定の原告建物に設備された水道管に損傷を与えた事実とを考え合せれば、右水道修理の謝礼として支出した費用は損害と認むべきである。

(四)  交通費

原告伊藤米三はさらに入浴のための交通費として金二五〇〇円出捐したと主張し、右は被告会社が賠償すべき損害であるというが、入浴のための交通費が風呂場使用のできなくなったことにより通常蒙る損害ということはできないし、右出捐を被告会社が予見し、もしくは予見すべきものであったと認むべき事情もないから右の出捐をもって損害とすることはできない。

(五)  清掃費用

≪証拠省略≫によれば原告伊藤米三が本件杭打機の排出する油煙のため汚れた原告建物の屋上の清掃のため人夫を雇い洗剤を購入して金五〇〇〇円を出捐したことが認められ、右認定に反する証拠はないから右は原告伊藤米三の蒙った損害と認むべきである。

(六)  植木運搬費用

原告伊藤米三は原告建物屋上の植木が杭打機の油煙で枯れるおそれがあったのでこれを他に移動しそのために費用一万円を要したと主張し、植木等が屋上にありこれを他に移動する必要のあったことは本件工事に油煙の飛散する杭打機が使用されていたことから窺えないでもないが、果して前認定の家財道具運搬と別個になされなければならず、また現にそうしたのか、その費用を別に要したのかは≪証拠省略≫では確定できず他に右主張事実を認定できる証拠はない。

(七)  上敷ござの汚損

次に原告伊藤米三は油煙に汚れた雨により上敷ござが汚損し、これにより金一〇〇〇円の損害を蒙ったと主張するが右を認定するに足る証拠はない。

(八)  入院費用

さらに原告伊藤米三は本件工事による騒音、振動、および本件工事による原告建物の傾斜等に対する心配から胃腸障害をおこし、二回にわたり入院したと主張し、≪証拠省略≫中に右主張に副う部分があるが原告伊藤米三の入院が右主張のごとき原因に基くものであるとの点については右証言は証拠とするに足らず、他に右主張事実を認むべき証拠はないから右入院費用をもって被告会社の賠償すべき損害とみることはできない。

(九)  慰藉料

原告伊藤米三が原告会社の代表取締役であり原告伊藤ふ志は取締役として小売部門を担当し、両名は原告会社の従業員を指揮し来客の応待・電話の応待にも与っているほか原告伊藤ふ志が住込従業員の世話をしていたことは≪証拠省略≫を綜合して認められるところ前認定のとおり、原告伊藤米三、同伊藤ふ志は本件工事の騒音・振動により平穏な日常生活を害せられ、原告会社の業務執行に支障を来したのであり、さらに原告建物修理中は食事・入浴に不便な生活を強いられたであろうことも推認に難くないところ、被告会社が原告らから騒音、振動について苦情の出た頃見舞金として金一〇万円を支払っている(≪証拠省略≫によっても認められる)等本件に顕れた一切の事情をも考慮するとき原告伊藤米三の右により蒙った精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料は金四〇万円、原告伊藤ふ志のそれは金三〇万円をもって相当と認める。

(十)  商品備品等運搬費用

≪証拠省略≫によると原告会社が原告建物修理のため原告建物内にあった商品備品等を他に移転したことが認められるが、その費用を確定できる証拠はなく、原告伊藤米三夫婦の家財道具の前記運搬と別個に費用支出を要したかどうか疑わしいから、原告会社のこの点の主張は採用しない。

(十一)  住込従業員外食補助費

原告会社は住込従業員外食補助費として金三万五〇〇〇円の支出を要したというが、右は原告建物の損傷により生ずる通常の損害ということはできないし、予見し、または予見すべかりし事情もこれを認めることはできないから右の支出をもって被告会社の賠償すべき損害とはいえない。

(十二)  従業員給料

次に、原告会社は従業員神尾秀雄、同津川に支払った九ヶ月分の給料四九万七四九九円は本件工事による損害であると主張するが、右は原告会社と右両名間の雇傭契約に基き支払われるものであって損害ということはできないし、仮に原告会社主張のごとく、右両名を本来の業務に使用せず、原告建物の損壊の予防・騒音防止交渉等に使用していたとしても、右両名を原告会社の本来の業務に使用しないことのために原告会社の業務に支障を来し金銭的出捐を余儀なくされるに至った事情もうかがえないから、これにより原告会社の蒙った損害はないといわなければならない。

(十三)  原告建物の賃料

原告会社は原告建物修理中同建物を使用できなかったからその間の賃料一ヶ月二〇万円の半額一〇万円の五ヶ月分五〇万円は本件工事による損害であるというが、原告会社が右修理期間中他から建物を賃借したとすればその賃料は本件工事による損害というべきであるがかかる事情の主張立証はなく原告伊藤米三らに原告建物の賃料を支払ったとしてもそれは原告伊藤米三夫婦との賃貸借契約に基くものであるから右の支払をもって本件工事による損害とはいえなず、原告会社のこの点の主張は採用できない。

(十四)  得べかりし利益の喪失

原告会社はさらに本件工事騒音により電話連絡ができず外国商社との契約が不成立に終り、これにより得べかりし利益を喪失したと主張するが≪証拠省略≫をもってしては未だ電話連絡がとれなかったことによって所期の契約が成立しなかったと認定するには不充分であり、他に右事実を認定するに足る証拠はない。

七  以上のとおりであるから原告らの本訴請求は原告伊藤米三が被告会社に対し金四三万二五〇〇円、原告伊藤ふ志が被告会社に対し金三〇万円、および右各金員に対する不法行為の日以後であることの明らかな昭和四三年八月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があり正当として認容すべきであるが、右原告らの被告会社に対するその余の請求および被告沢田に対する請求ならびに原告会社の被告両名に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 江見弘武 裁判官柿沼久は転所のため署名押印することができない。裁判長裁判官 綿引末男)

〈以下省略〉

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